“砂漠のバラ”採掘現場へ
2007.7.25


 四日目。ラクダツアーを終えてドゥーズに戻ってから、チュニジア名物の鉱石、デザート・ローズの採掘現場を調べてみようと思い立ちました。あの石がどんな産状をしているのか、前から気になっていたのです。
 そのためには四駆をチャーターしないとだめだろうし、個人旅行でそこまでするのは無理かなと思ったのですが、調べるだけでもしておこうかと。
 市街の中心地、独立広場でタクシーをつかまえて、
「観光局ONTTへ行ってほしいある」と言いました。運転手はよくわからない様子で、近くのカフェの客に道を聞いたりしています。
 タクシーは数百m走って停まりました。
「ここだ」
「え、もう着いたあるか?」
 ガイドブックによればONTTは市街から2kmほど離れたところにあるはず。言われるままに降りてみると、確かに事務所がありますがONTTという看板はなく、玄関の扉も閉じています。
 と、筋向かいの準備中のレストランから男が出てきて、「こっちだ」と手招きします。
「いや、私はONTTに来たあるよ……」
「いいんだ、こっちに来い」
 レストランに連れ込まれてみると、薄暗い中に数人の男が待ちかまえていました。フランス語は話せるか、いや英語なら、というおきまりのやりとりがあって、互いにカタコト英語になります。
「どこへ行きたいんだ?」
「デザート・ローズの採掘現場を見たいある」
「ローズか。となると四駆が要るな」
 男は携帯電話で何やら話しています。数分後、新たに大男が二人現れました。もうダメぽ、身ぐるみ剥がれて砂漠に置き去られるんだ、何か要求されたらパスポートとクレジットカード以外は全部くれてやろうと覚悟しました。
「ローズの採掘現場は100km以上離れた砂丘の中にある。四駆で往復三時間だ。料金は200Dになる」
 後から来た男、セミールが言います。
「ガイドブックによると採掘現場はドゥーズの近くにあるはず。そんなに遠いあるか?」
「現場はショット・エル・ジョリド(塩湖)のほとりで、ドゥーズが最寄りの街になる」
「ほかに採掘地はないあるか」
「ここだけだ」
「タクシーやルアージュでは行けないあるか」
「現場は砂丘の中だ。四駆でないと無理だ」
 とはいえ約2万円は高すぎます。やっぱりだめかと思いました。
「そんな金はとても出せないある」
「いくらなら出せる?」
「50Dが限度あるな」
「それはとても無理だ」
「そうだろう。ではさよならある」
 店を出ようとすると、
「待て。150Dでどうだ」
「私は貧乏なバックパッカーある。50D以上は絶対無理ある」
「わかった。では120Dにしよう」
「やっぱり無理ある」
 他の男たちも口々に「120Dは妥当だ」「お買い得だ」「彼は嘘は言っていない」と言います。
 交渉するということは身ぐるみ剥ぐつもりはないらしい。私は平常心を取り戻しつつ言いました。
「わかった。それは妥当な額だと私も思うある。だが50D以上は出せないあるよ。残念だけどさよならだね」
 そう言って店を出ました。セミールは外まで追いかけてきて、
「なら、50Dで近くの砂丘をドライブするというのはどうだ?」
「いや、砂丘なら今朝キャメル・ライドをしてきたばかりだ。いらないある」
 彼を振りきり、市場のほうへ歩きました。せっかくここまで来たんだから1万2000円くらい出してもよかったかな、などと思いつつ。
 雑貨屋でミネラルウォーターを買って歩道を歩き始めたところ、でっかい四駆が自分を追い越して停まり、セミールが降りてきました。
「考えたんだが、めいっぱいディスカウントして100Dでどうだ?」
 さすがアラブ商人、粘ります。私も心が動き始めていたので譲歩しました。
「めいっぱい出して80Dある」
「なら90Dで手を打とう。君は80と言い、俺は100と言った。その中間だ」
「でもあなたはここに住んでいるのだろう?」
「それはそうだが」
「私は遠い遠い日本に住んでいる。ここで金をなくしたら日本に帰れなくなるあるよ」
 すでに帰りの航空券は確保してあるわけですが、そこはそれ。この言い回しはナハル君との値切り合戦で実績があります。日本人が思う「ぼったくり」はアラブ人にとって「喜捨を求める」行為だそうで、イスラムの戒律をフォローしています。こちらが貧乏であることをアピールすればその前提が崩れるわけです。
 セミールはしばらく逡巡したあと言いました。
「では85Dでどうだ」
「85D……オーケイ、それでいいある」
 私は車に乗り込み、
「まず40D払うある。残りは帰ってから」
「だめだ。始めに全部払ってくれ。俺を信用してもらわなくてはいけない」
 車を降りて歩けば向こうが折れるかも、と思いましたが、値切り交渉の鉄則は相手のプライドを傷つけないことです。乗りかかった船、全額払いました。
 四駆はまずガソリンスタンドに入り、15Dぶんのガソリンを入れました。
「距離を測りたい。それリセットするある」
「わかった」
 セミールはトリップメーターをリセットしました。17時20分、ドゥーズ出発。

 車は西に向かいます。ラクダ・ツアーの出発地だったザフレーンは通らず、別の道です。ハンドルを握っているのがセミール、隣はアマー。
 シルバコンパスで方位を確認していると、セミールが「なんだそれ、見せろ」と言ってきます。「いいなこれ」と欲しそうな顔をしていましたが、あげません。同じ所をぐるぐるまわる悪徳タクシーを抑止するためにちらつかせてるんですから。


 ラクダ横断注意の標識があってすぐ、その通りになりました。


 右手、道路の北側は面積5000平方kmというチュニジア一の大塩湖です。遠くにあるのは水面かと思ったら逃げ水、つまり蜃気楼でした。


 さらに走るとまわりじゅう蜃気楼になりました。
 ここに真の地平線はなく、蜃気楼で隔絶された半径数kmの範囲しか見えていないのだと思うと心細くなりました。
 前の二人の機嫌をそこねないようにしよう、なんていまさら思う私。


 18時26分、わりとあっけなく現場に到着しました。ドゥーズからの距離は85km。
 ずいぶん近いじゃん! それに道端じゃん! タクシーでも行けるじゃん!
 と思いましたが、まあ確かに、舗装路とはいえこんな場所を貧弱な車で走るのは不安です。この国のタクシーは「車検? なにそれ?」なやつばっかりですし。



 採掘人のアルウィー・ラザード氏(左)が案内してくれます。


 地面にはローズがごろごろ。


 坑口に向かいます。前にマトマタで「砂漠を3m掘ると出てくるんだ」と聞きましたが、そんな感じです。


 坑内は水が浅くたまっていました。これが地下水なのか、採掘のために水を注いだのかは聞きそびれました。しかし季節によっては水面が現れる塩湖のほとりですから、たぶん地下水でしょう。


 湿った砂に手を突っ込むと、固いものがごろごろしています。取り出すとデザート・ローズでした。


 坑の側面も同じ鉱物が見えています。


 3mといわず、地面のすぐ下から始まっているようです。


 これは地下1mくらいのところ。


 別の坑道(というか露天掘り)に入りました。


 水が溜まっています。塩水かどうか、舐めてみようかと思いましたが、ボウフラみたいな生物がうじゃうじゃいたのでやめました。


 手を突っ込んでまさぐると、すぐにこんなのが出てきます。薔薇の花弁のように結晶しているのがわかるでしょうか。主成分は石膏ですが、表面に砂粒が癒着していて、みるからに砂漠っぽい。
 それにしてもこの結晶、砂中で砂を押し退けながら成長するのでしょうか? 興味は尽きません。


 採掘場のわきにあった小屋。ナツメヤシの葉を編んで作ったテントみたいなものです。
 ここにアルウィー氏は一人で暮らしているそうな。


 その内部。


 同上。
 セミールが来て、「アルウィーがおまえのためにパンを焼いてみせると言っている。たったの15Dでいいそうだ」と言います。きっぱり断りました。アラブ式のパンなど町中で焼いていて、1Dで何個も買えます。


 でもまあ、こどちゃポラで親睦をはかります。左からアルウィー、セミール、アリー。
 セミールをバストショットで撮ると、「撮り直してくれ。これは全身が写ってない」と言います。やはり彼らはそうでないと満足しないのです。


 帰り道。ロバを積んだプジョーのトラックに前を塞がれました。ロバは荷車を牽くために使われていて、普通に車道を通っています。


 塩湖の地平線(蜃気楼かも)を堪能しつつ、ドゥーズに戻りました。


 石をいくつか拾わせてもらい、アルウィー氏にはチップとして2D払いました。
 鉱物標本は「母岩つき」のほうが価値があるから……というわけじゃありませんが、上の二つは水中から取り出したままの状態で保管しています。
 下の細長いのは地面に転がっていたもので、劈開片です。カッターで切ったものではありません。


 劈開片のクローズアップ。層構造が見えます。

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