苗木鉱山採集記

1997.1.18


幻のヤマへ、ふたたび

 その昔、三重県中部――自宅からわずか30キロくらいの山中に、「苗木鉱山」という鉱山があったらしい。
 らしい、というのは、地形図にも地質図にもその記載がないからです。
 そこには拳大のざくろ石や、褐簾石、バストネス石という希元素鉱物がざくざくあるといいます。つまり、幻の鉱山なのです。

 ところが昨年、さる人物からその幻の鉱山に至る地図を手に入れました。  それは30年以上も前に描かれた手書きの地図で、とある高校の地学部の採集記録に収録されたものでした。
 地図は縮尺も方位もあいまいなものでしたが、選鉱所跡→丸木橋→渓流→石碑1→石碑2→小屋という目印があるので、このどれかを見つければなんとかなるかもしれない、と思われました。
(残念ながら、ここは不特定多数がアクセスしていますので、産地の地図はお見せできません。ご了承ください)

 昨年12月7日、rec-geoのメンバー、清水さん、森さんとともに苗木鉱山にアタックしました。
 ところが……選鉱所跡のあるべき場所には別荘が建っており、道路も新しい幹線ができていて目印はさっぱりわかりません。渓流は候補が二つありました。
 ともかく山道を進んでゆくと、犬をつれたハンターに出会いました。
「この上の西側の斜面に洞窟みたいなのがあるよ」というので、それこそ坑口にちがいないと喜んだのですが……結局、3時間さまよったあげく、何も見つかりませんでした。三人は涙をのんで撤退しました。

 新年になって、やはりrec-geoのメンバーである小菅さんから「帰省のついでに苗木鉱山に行ってきました」という報告が寄せられました。
 そんなわけで「苗木鉱山はほんとうにあったんだ!」と奮い立った私たちは、ふたたび現地をめざしたのです。


 これは採集七つ道具(の一部)。愛用のハンマーは岩本鉱産物商会オリジナルの1kgピック型。無骨ですが、これ一丁でたいていの石をかち割れます。
 透明なケースは、ご存じ秋月電子キットのガイガー・カウンター。今回のヤマは希元素鉱物なので、放射能の有無が鑑定の決め手になります。
 ほかにルーペ、希塩酸の小瓶などを携帯します。


 こちらは野外に持ち出せるように自作した鉱物鑑定用の道具箱。
 これさえあれば、条痕、吹管分析、炎色反応、モース硬度、蛍光、磁性など、各種の鑑定ができます。
 とはいっても、重いので車に置いていきます。


第一目標〜石碑はどこに?


 小菅さんの話では、目印のうち、石碑は現存するということでした。
「石碑は三つの沢が合流したところの南西寄りにあります」……
 山道を歩くこと30分。三つの沢が合流したとおぼしき場所にさしかかります。
 ……ん、これは何だ?
 明らかに人が彫ったとみられる四角い窪みのついた岩が、渓流の中に転がっています。これがあの、石碑なのでしょうか?


 いいえ、違いました。
 本物の石碑はこれです。
 石碑には文字がなくては。「分割紀念」と刻まれていました。

 裏には人名があります。いったいどんないわくがあるんでしょうか。
 人物は左から森さん、清水さん。


試掘跡、発見!


 つぎの目標は試掘跡です。それは「石碑から三つめの西にのびる枝沢の奥にある」ということでした。
「はたしてこれは沢なのか」と迷うような小さな谷もふまえつつ、それらしき枝沢を選びました。
 沢ぞいに登っていくと、ほどなく、先頭をゆく森さんが試掘跡を発見しました。
 坑口というよりは、ちょっとしたオーバーハングのえぐれです。そこから沢にむかって、石英や長石のくずがちらばっています。

 これは試掘跡のそばにあった露頭(もしくは大きな転石)です。
 大きさは手のひらくらい。写真ではよく見えませんが、グレーの部分に黄鉄鉱が光っていました。


ついに坑口へ

 試掘跡から2、30mのところに本坑のズリがありました。
 最初は、これが本坑のズリだとは思わず、さんざんあちこちをさまよいましたが、結局ここだったのです。
 昼食をとって体力を回復したところで、まず森さんがこのズリを登りました。
 そしてまもなく「あったー!」の声――ついに本坑の坑口にたどりついたのです。

  (写真左:左から清水さん、野尻)         (写真右:左から清水さん、森さん)


収穫


 坑は数メートル先でふさがり、水がたまっています。
 もとより、廃坑は危険なので、勝手に入るべきではありません。
 我々は「危険」の立て札のまわりを探索しました。(笑)



 そして見つけたのが、このざくろ石。
 写真の幅は5cmくらいで、三重県立博物館に展示してあるやつより大きいです(^^)。
 放射能をもつ褐簾石・バストネス石は見つかりませんでしたが、このざくろ石だけで私はもう満足です。


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