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林 譲治 ゲーム理論? 2006年08月19日(土)00時24分15秒
実松さま
|逆に考えると、放っておくと個人主義に走りすぎる人々を統制するために、出る杭は打たれる社会を形成したとも考えられるのではないでしょうか。
江戸時代の株仲間に関する研究では、商人によるゲーム理論で言う多角的懲罰戦略が、株仲間という経済システムにおいて最小の労力で相手の誠実な対応を引き出せるというのがあります。なので、経済システムとゲーム理論で説明できてしまうのかもしれないような気もします。
小林泰三さま
|この実験を関西人と関東人で較べたら、面白そうですね。
何しろ実験が小規模ですから、サンプルとしての日本人、アメリカ人が全体を代表するものなのかどうか、という問題はありますね。アメリカ南部と都市部で反応が同じかどうかとか、日本の県民性は影響するのかとか、確定的なことを述べるためには、より多くの実験が必要だと思います。
あの事例はいまのところは参考事例でしかないかもしれません。
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井田茂 惑星の定義 2006年08月18日(金)23時57分00秒
ちょっとレスポンスが遅れて申し訳ありませんが、たぶんコメントする義務があるのかと思うので、コメントさせていただきます。
「冥王星は惑星か?」については、今年の2月3日にコメントさせていただきました。繰り返しになるかもしれませんが、惑星の理論家としての見解をまとめておきます。同じ惑星を扱っていても観測をする人なのか理論をする人なのかで見解はかわってきます。
1)惑星か褐色矮星か
現在の観測技術では、系外惑星系では恒星1つに惑星1つしか検出できないという場合が多いです。その場合、連星でたまたま伴星が褐色矮星である場合と惑星とどう区別するのかという問題が生じます。理論家は「いったん中心星のまわりに原始惑星系円盤ができて、その円盤の中で形成されたのが惑星で、分子雲コアの収縮で中心星が形成ときに同時にできたのが連星の伴星である。」とすることが多いです。円盤を通してできた惑星ならば、他にも地球型惑星を含めて小さな天体が同一平面をまわっているはずですが、連星の伴星だとそんなことはないので、その天体の見た目は同じでもえらい違いです。観測家は形成過程なんか知ったこっちゃなく、観測量で区別したいので、木星質量の13倍とかで分けたりします。これは理論家の定義とつじつまは合っていて、観測的に連星の伴星は、明らかに恒星という質量から、質量が小さくなるにしたがって、質量分布は滑らかに小さくなっていって最小質量は木星質量の10倍程度にのように見え、惑星の質量分布は明らかに惑星だろうという質量から、質量が大きいほど、分布が小さくなって最大質量はやはり木星質量の10倍程度になっています(たまたま限界が一致しているのか理由があるのかは不明)。
2)惑星か minor body か
今年の2月3日のコメントにも書きましたが、理論家は、「惑星 = 自分が食えるだけの領域(feeding zone)にあった天体を食べつくした、その軌道領域の王様」と考え、形成途上に他の惑星にはねとばされたきたり、破壊されたりしたものは、minor body と見なします。こういう minor body は一般に群れをなします(小惑星とかカイパーベルト)。こういう見方では、惑星は水金地火木土天海の8つだと思います。理論家で冥王星を惑星として議論する人は極めて少ないと思います。一方、観測家は形成過程なんかは知ったこっちゃないので、観測量で分けようとしますが、褐色矮星 vs 惑星 のような明確な観測的区分がないので混乱するわけです。観測家は自分が発見したものが "minor body"よりは「惑星」のほうがうれしい気がするので定義を広げたくなります。しかしセレスやカロンまで惑星と呼ぼうというのは、やりすぎと思う専門家は多いと思います。
3)惑星か衛星か
冥王星・カロンを「惑星」とか呼ぼうとするから混乱するのです。観測的にカイパーベルト天体では binary になっているものは多いし(牧野さんたちのものをはじめ、理論モデルも提案されています)、軌道を考えても、冥王星・カロンは典型的なカイパーベルト天体と言えると思います。「古典的な惑星」の水金地火木土天海では質量の衛星/惑星の比が一番大きいのは月/地球-系で1/80です。形成過程を考えると数十分の一くらいの比が目いっぱいだと思います。これより質量比が大きくついているものを惑星とは呼ぼうとは思わないと思います。つまり、「古典的な惑星」を考えれば惑星か衛星かの混乱はないと思います。
衛星かどうかを共通重心が主惑星の中にはいっているかで議論するというのは変な話に思います。衛星は一般に潮汐相互作用で軌道半径が変化します。月の軌道半径は誕生から20倍くらいは変化しているので、共通重心の位置も20倍くらい変わっています。潮汐進化の途中で呼び名が衛星が惑星に変わったりするのは変ですよね。
もうひとつコメントします。たとえ月が受ける重力は地球からのものより太陽からのもののほうが強いかもしれませんが、地球の回転系で見ると、遠心力があります。つまり、月は (1)太陽有効ポテンシャル=太陽重力ポテンシャル+遠心力ポテンシャル と (2)地球重力ポテンシャル のなかにいて、(2)からの力は(1)からの力より十分強いので(要するに地球のヒル圏の中にいるので)
、月は地球に重力的にばしっと束縛された衛星であって、月が太陽のまわりまわっているのは主天体の地球にひずられてのことであって、月・地球系を連惑星と見るのは違和感があります。慣性系からみたら、遠心力ポテンシャルはないので、そんなふうに見えるのかもしれませんが。
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小林泰三 Re: 環境要因 2006年08月18日(金)23時30分17秒
URL: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kbys_ysm/
>林 譲治さん
> ようするに出る杭は打たれる社会だから協調するのであって、そうでなければじつは日本人はきわめて個人主
義的ではないかと。
この実験を関西人と関東人で較べたら、面白そうですね。
関西、特に大阪では「出る杭は打たれる」という慣習がそれほど強くないので、
個人主義に走る傾向が強いのかもしれませんね。
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蒲谷 re ミトコンドリア・クイズ 2006年08月18日(金)22時35分03秒
> 細胞内に共生した時期は、葉緑体よりミトコンドリアの方が古いと言われています。これは何故でしょう?
ここ
生命の新たな段階は共生で始まった の(下)に書かれているようです。
要点は地球にまだ酸素が無い時期に
水素排出性細菌:有機物を分解しエネルギーを得て、水素と二酸化炭素を排出。
古細菌:火山性ガスの水素と二酸化炭素からエネルギーを得て、有機物を排出。
のうち水素排出性細菌が古細菌に取り込まれた結果、
古細菌の中で生まれたのがミトコンドリアなのではないかという話です。
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実松 2006年08月18日(金)22時23分54秒
>ようするに出る杭は打たれる社会だから協調するのであって、そうでなければじつは日本人はきわめて個人主義的ではないかと。
逆に考えると、放っておくと個人主義に走りすぎる人々を統制するために、出る杭は打たれる社会を形成したとも考えられるのではないでしょうか。
集団主義者として、日本人はドイツ人になぞらえられることが多いと思いますが、そのドイツのオーケストラの指揮をとった故・岩城宏之氏の発言にこうあります。
(ドイツのオーケストラはビシッと統制が取れている感じがする、との印象に対し)
「ぼくも昔はそう思っていた。ところがとんでもない。あんなにガヤガヤして不愉快なオーケストラはないわけ。
議論が好きなのね。ここはこうやった方がいいだの、弓をアップにするとかダウンにするとか、とてもうるさい。
だから「黙れ」というと、「我々は演奏をよくするために議論しているんですよ」と言うわけ。しょうがないから待つわけよ。
とにかく彼らは、和やかに冗談を言いながら、ということがヘタ。そこで、最後はこっちのパワーでもって、強権的に押さえつけねばならない。
ただ、その強権も、理屈つきの強権でないと納得しないわけよ。イギリスの場合と対照的だね。
ドイツの民族は強権を使わないとまとまらない。納得すると、従う。だからこそ、オーケストラがドイツで発達した。
ぼくはドイツのオーケストラを振るときはクタクタになる。あの民族は、何十年に一度、ヒットラーを必要とするんじゃないかね」
(妹尾河童/他 「河童の対談 おしゃべりを食べる」 文化出版局 P136より引用)
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林 譲治 環境要因 2006年08月18日(金)21時52分56秒
|アメリカの組織はassociationになりやすく、日本はcommunityになりやすい
アメリカ人と日本人に対してゲームを題材にした実験が行われたことがあります。商売を行い利益を得るのですが、プレイヤーはチームを組んでもいいし、組まなくてもいい。
こうしてゲームをさせるとアメリカ人の方がチームを作る傾向があり、日本人はチームを組んで協調するよりも、個人プレイに終始する傾向があったそうです。
そこでルールを変え、プレイヤーの行動に罰則を設け、抜け駆けを禁止したら、日本人プレイヤーはうって代わってチーム的行動をとるようになった。
限られた実験ですべてを論じるわけにはいかないわけですが、実験者の見解としては、日本人が集団行動をとるのは協調性があるためではなく、社会(というか世間様)からの報復を恐れるためであろうと。ようするに出る杭は打たれる社会だから協調するのであって、そうでなければじつは日本人はきわめて個人主義的ではないかと。
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かも ひろやす 本当? 2006年08月18日(金)19時44分13秒
> アメリカの場合、アメフトや野球の組織論も興味深いです。アメリカの組織はassociationになりやすく、日本はcommunityになりやすい傾向があるように思います。
「スパイ大作戦」のIMFと「太陽にほえろ」の七曲署捜査一係を比較しても、そうお考えですか?
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野尻抱介 眼鏡の未来 2006年08月18日(金)17時38分21秒
いま能登半島沖を航行中です。
私からも宿題を出しておきます。
「未来に眼鏡が使われる理由を考察せよ」
以上です。
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ガ ミトコンドリア・クイズ 2006年08月18日(金)15時16分03秒
地球生物史に詳しい方は、「地球大気はシアノバクテリアの働きによって猛毒の酸素に満ち溢れ、その後に出現した酸素を活用する生物 (リケッチア類と言われています) をミトコンドリアとして取り込んだものが好気性生物として適応した」こと及び「シアノバクテリアを葉緑体として取り込んだものが植物になった」ことをご存知と思います。
ところが、細胞内に共生した時期は、葉緑体よりミトコンドリアの方が古いと言われています。
これは何故でしょう?
この疑問は、SF乱学講座を見てるときに思いついたんですが、解答になる情報を見たことがありません。
もちろん、思いついた答はあるんですが、学会で主流となってる説などを知ってる人が居たら教えてください。
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ki Re: 惑星の定義、IAU総会へ 2006年08月18日(金)06時20分58秒
小林様、かも様、野尻様、蒲谷様、アルビレオ様
まとめレスで失礼します。
>地球と月の共通重心は地球の内部にあるので、月は衛星扱いということ
確かに
冥王星とカロンの系の場合は、共通重心は冥王星の外にあるようです。
まあ決めの問題ですので、了解です。
知りませんでしたので、ありがとうございます。
しかしその衛星の定義だと、同じ質量、軌道でも母惑星の密度次第で衛星になったりならなかったりで、母惑星が相変化(縮退?)でも起こして縮んだら、軌道、質量が変らなくても衛星が惑星に昇格するわけで、本質から外れた定義のような気もしますが...
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アルビレオ ここまでのまとめ 2006年08月18日(金)03時33分47秒
・IAUで惑星という共同体的星格を定義し直そうという動き
・やっぱり後から加わったメンバーは位置づけが微妙だよね
・太陽の外に共通重心があるから木星は同じ星格を持っているとはいえないかも
・SOS団的には鶴屋さんがセレス?
長門有希から眼鏡が失われた今、眼鏡っ娘惑星はどの星なのかというのが最大の問題になるのでしょうか。
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はいぼく 2006年08月18日(金)02時16分57秒
>人間以上
ソラリスの海など、「人格」という概念が通用しない何物かとのコミュニケーションに関する思考実験は、逆に「人格」という概念の内容を深めますね。
人間の集合体に適用される「法人格」がフィクションであるのと同様、人間の個体に適用される「人格」もフィクションです。少なくとも実在を証明できません。「資本主義」と「民主主義」という制度下で有効に機能するため、措定されている概念です。ですから、「人格」を科学的に分析しようとすると、「人格心理学」みたいにヘンテコなものができます。フロギストンとかエーテルよりは長持ちしてますが、いつか「人格」も消えるのかな。
ということで、「人格」は事実として[ある/なし]が問題になるのではなく、措定して意味が[ある/なし]という類の擬制的概念です。日本人は「人格」を擬制的に運用している期間が浅いので、人間の個体相手にも「人格」を発見するのが難しいはずです。
>共通の目的のために協力する
たしかに、それは「人格」が見えるための必要条件ですが十分条件ではありません。association(いい翻訳語がありません)には「人格」は見えませんが、organic societyには「人格」が見えます。
>米国TVドラマにおける「共同体人格」
アメリカの場合、アメフトや野球の組織論も興味深いです。アメリカの組織はassociationになりやすく、日本はcommunityになりやすい傾向があるように思います。
ところで、「メガネを外すと美人になる」という悪しき神話は1920〜30年代のハリウッドにあると予想している(アシモフもそう言っているし)のですが、どこでどうすれば検証できるのか解らずに手がついていません。「遅刻しそうになってパンをくわえて走っていると曲がり角で男の子とぶつかる」のも1920年代ハリウッドが起源だと直感しているのですが、どうすれば調査できるのかな。
>読者が望むであろうキャラのステレオタイプ(ツンデレとか眼鏡っ娘とか)
これこそが「悪しき眼鏡」を生む元凶ですので、どうにかしてコペルニクス的転回を起こさなければならん、という使命感に駆動されております。
ところで僕もファイターズファンで、田中幸雄選手の2000本安打をどうしても見たいと願っているのですが……さすがに苦しくなってきたか。
>良い眼鏡
今は時東ぁみについての議論が広範囲で発生していますね。たぶん会場に来る人も、複数ヒロイン制度より「時東ぁみってどうよ!?」のほうに興味があると思うのですが、さて当日の話の流れがどうなるかは予想がつかないのでした。個人的には長門有希から眼鏡が失われたことを断罪したい、すごく断罪したい。
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西澤 隆 宮崎駿 2006年08月17日(木)22時57分58秒
劇場作品に「耳をすませば」が抜けてます。
#舞台がわりかし近所なもので、よく逆ロケハンに行きました。
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田部勝也 共同体的人格 2006年08月17日(木)21時01分23秒
URL: http://homepage2.nifty.com/k-tabe/lab/index.htm
はじめまして。
ずっと以前に山本弘氏に話をうかがったときには、かつては(特にSFでは)作家は物語やアイデア・主義主張思想などを書きたかったのであって、登場人物は物語を構成する上で必要な人物という観点からキャラ作りしていけば良かったのだが、最近はキャラそのものを書きたがる強い傾向がある(読者も物語自体よりキャラだけを見たがる強い傾向がある)──といったような事をおっしゃっていたのを思い出しました。
したがって、極端な事を言えば、最近は、読者が望むであろうキャラのステレオタイプ(ツンデレとか眼鏡っ娘とか)の中から任意に取捨選択して、まず主要登場人物のキャラをいくつか作っておいて、後からそのキャラたちの活躍する場を考える──といった形で、話を捻り出す作家が多いというだけではないでしょうか。そうすれば、どんな読者でも主要登場人物の誰かに魅力を感じてくれるはずですし、主要登場人物の誰かにさえハマってくれれば、読み続けてもらえるわけです(その意味では、物語を読ませる手法に比べ、作家にとってはかなりローリスクな時代と言えるかも知れません)。
そういった狙いで各主要登場人物が作られていれば、一見「分業配置」されているように見えるのも当然な気はします。
──余談ですけど、私はかつて中学高校で理科教員をしていたのですが、今回のIAUの定義は、特に初等教育の現場で混乱を引き起こしそうな感じがしますね。
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蒲谷 木星を恒星に格上げすると 2006年08月17日(木)19時47分18秒
>地球と月の共通重心は地球の内部にあるので、月は衛星扱いということらしい
>です。とりあえず、定義が明確になるということは前進だと思います。
共通重心ネタで思い出しました
太陽系の各惑星と太陽との共通重心を計算すると、水星〜金星、及び冥王星の
共通重心は太陽半径の0.1%未満の太陽の中心付近にあり、
天王星、海王星はそれぞれ18%、33%付近、土星でやっと59%付近になります。
そして木星は107%のところ、つまり太陽表面から5万kmぐらい離れた所に共通重心があります。
今回のIAUの定義を援用して木星を恒星に格上げし、木星の衛星を木星の惑星に格上げして、
21世紀らしい新しい太陽系が見てみたいですね。
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かも ひろやす 惑星 2006年08月17日(木)19時11分58秒
実用上、必要なのは、
- 地球型惑星四つと木星型惑星四つの総称
- 1よりは小さいが重力で丸くなる程度には大きな天体の総称
- 1と2の総称
で、それぞれにそれらしい名前がついていれば、OKでは。
「惑星」を1に割当てるか3に割当てるかは、どっちに決めてもいいけどどちらかに決めないと困ることなので、エイヤと決めればよろしいのでは。
それよりも、2を dwarf planet と pluton に分けるのは、いかがなものでしょう。近い将来、系外惑星で困りませんか?
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野尻抱介 2006年08月17日(木)18時50分09秒
能代へは敦賀から新日本海フェリーで行くことにしました。航海中、デッキからアマチュア無線の運用ができるか、と問い合わせてみたら、「高速船なのでデッキには出られないことになっております」という返事でした。残念、太平洋フェリーはそうじゃなかったのになあ。
帰途はマイカーで陸路をたどる予定。せっかくなので道川の「日本のロケット発祥の地」石碑を拝んでくるとします。ペンシルロケットの発祥をいうなら国分寺ですけど。
出発は今夜から。移動中は携帯アクセスになるので、長文の書き込みはしない予定です。
>共同体人格とか
私はおもしろい説をひねりだすより、シンプルで合理的な説明に満足をおぼえるたちなので、身も蓋もないことを言っちゃいそうな気がしなくもありませんが、まあ当日はひとつよろしくお願いしますということで……(^^;。
結局のところ、小説家の立場からは「良い眼鏡」の構築に寄与する知見を得たいです。「眼鏡でもいい」キャラはいくらでも作れますが、「眼鏡でなければならない」キャラは難しいです。私はキャラの外見描写に消極的なので、迷ったときは書かないことになりがちです。
>『月のひつじ コレクターズエディション』
今更ですが、最近ダメな映画ばかり観ているので、口直しにDVDで観ました。
もっと早く観ておけばよかった。パラボラアンテナ萌えの人には絶対おすすめです。あれの「縁乗り」って、前になにかで読んだ記憶がありますが、この映画ではパークス電波望遠鏡の実物でそれをやっていました。そこがまた静かに語り合ういいシーンなんだなあ。NASAから来た眼鏡男も、シャイなオージーの眼鏡くんも実によい。
アンテナ通の人には、短波長用に改修された後のディッシュで撮影していることが気になるかもしれません。しかし現用のアンテナをさまざまな角度から、このうえなく美しく撮っていることで充分おつりが来るでしょう。
特典映像としてアポロ計画の記録フィルム、ニュース映像がどっさり入っていたのも嬉しいです。
>惑星の定義
国立天文台 アストロ・トピックス (230) 「惑星」の定義の原案、公開へに平易な解説がありました。そこにあるとおり、地球・月の場合、共通重心が惑星の内側にあるので、月は衛星です。
今回の新定義ですが、アメリカ勢が(自国民の発見した)冥王星を惑星に含めようとしてゴネたのでは、と勘ぐってしまいます。冥王星を惑星から外すのが最もシンプルだと思えるからです。その結果、妥協案としてplutonなるものを新設したのでは。
私としては、その天体の周囲を掃除するだけの影響力を持っているか、というのを定義に盛り込んでほしかったですが、同定が難しくなるかな? 今回の案も悪くないと思います。とりあえず、セーラー・セレスたん・カロンたんに萌える用意をしておくとしましょう。
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かも ひろやす 惑星 2006年08月17日(木)18時00分35秒
原案を読む限り、
- 現在、なんとなく「惑星」と認識しているものを、「classical planet」(日本語未定)と呼ぼう
- 「惑星」をより広い概念のために使おう
という提案のようで、むしろ、classical planet から冥王星がはずされるので、惑星(従来)は減るとみたほうが良いのでは。
それよりも、「彗星」と「小惑星」の区別をなくすほうが、天文学的には重要そうです。
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小林泰三 Re: 惑星の定義、IAU総会へ 2006年08月17日(木)17時51分00秒
>kiさん
> 本気かな?いやカロンまで惑星の仲間入りするなら、
> 我らが月(Moon)だって、充分に重力的静水圧平衡に達していると思うし、
> 何より月は地球の周りを回っている衛星というより、天体力学的には太陽の影響のほうが大きい、共(軌道)惑星なのじゃないかと思うのですが...
地球と月の共通重心は地球の内部にあるので、月は衛星扱いということらしい
です。とりあえず、定義が明確になるということは前進だと思います。
#ケレスまで惑星に昇格するのは意表をつかれましたが。
せっかくなので、惑星は全部漢字の和名を付けて欲しいですが、なんとなく新
惑星の名前は今のまま片仮名でいきそうですね。
#まだ本決まりでないので、実際にはどうなるかわかりませんが。
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ki 惑星の定義、IAU総会へ 2006年08月17日(木)12時17分29秒
URL: http://ken-ishi.at.webry.info/
本日の朝日新聞の一面(!)にも出てましたが、
長らく議論になっていた惑星の定義のドラフトが、
現在プラハで開催されているIAU第26回総会へ提出されたそうです。
その案によれば、
A planet is a celestial body that
(a) has sufficient mass for its self-gravity to overcome rigid body forces so that it assumes a hydrostatic equilibrium (nearly round) shape, and
(b) is in orbit around a star, and is neither a star nor a satellite of a planet."
とあり、従来の9惑星に加え、小惑星セレス(Ceres)、冥王星の衛星(?)カロン(Charon )、正式名称未定のEKBO 2003 UB313(仮符号) の3天体が加わり12惑星となるそうです。
(しかもIAUのリストには、同様の候補天体が1ダースはあるそうで)
本気かな?いやカロンまで惑星の仲間入りするなら、
我らが月(Moon)だって、充分に重力的静水圧平衡に達していると思うし、
何より月は地球の周りを回っている衛星というより、天体力学的には太陽の影響のほうが大きい、共(軌道)惑星なのじゃないかと思うのですが...
しかし、「第十惑星」とかで過去ログを検索してみたら、
昨年も8月の頃に騒いでいたのは自分のようで、夏に湧き出す厨房そのもので、申し訳ないことです m(__)m
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ガ 共同体的人格 2006年08月17日(木)10時55分58秒
「共通の目的のために協力する」というだけで、一つの人格など感じないがな〜
だいたい、シオドア・スタージョンの「人間以上」だって一つの人格に見えないし・・・
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かも ひろやす 米国TVドラマにおける「共同体人格」 2006年08月17日(木)08時00分17秒
「スパイ大作戦」のIMFとか「アメリカンヒーロー」の三人組とか。
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はいぼく 2006年08月17日(木)02時07分40秒
まあ確かにテンションが高いに越したことはないんですけれども、イベントの方向として眼鏡っ娘の内部に引きこもることは目指していません。「眼鏡っ娘が多様なジャンルを接合する扇の要になるべきなのだ」という無根拠な使命感のもと、視野の広さとか引出しの多さ、一言で表現するなら「教養」を重視した企画で、そういう人選を目指しています。
眼鏡っ娘に一見関係ない話も最終的には大きな文脈に回収される見込みでいますので、ヨタ話上等でよろしくお願いします。
「共同体的人格」もヨタ話の一つではあります。眼鏡っ娘を考える上でガッチャマン・コンバトラーV・戦隊ヒーロー等が重要なんじゃないかという直感を訥々と言語化してみている段階です。言語化に成功したら勝ち。
複数の人間が集合して擬制的人格を形成するのは、現代法において「法人格」という形で制度化されています。ヒーロー戦隊が「5人でひとつ」と主張すれば、法的には「法人格」として扱います。デンジロボにビルを破壊されたオーナーは、デンジレッド個人ではなく、デンジマンという法人格を相手に訴訟を起こすことになります。
人間の集合体に擬制的に人格を適用する「法人格」という発想は、19世紀ドイツ国法学を通じて発達します。当時の学説では、「頭が王様、胴体がブルジョア、手と足が民衆」というように、人体で以って「国家の人格」を説明しています。まるでバラバラのメカが合体してコンバトラーVになったかのような図です。
こういったドイツ法学を日本は明治時代に取り入れますが、大陸系法学に対抗する英米系法学はこういった「国家の人格」という発想を重要視しません。これが『X-MEN』と『ガッチャマン』の違いに現れていると説明できたらおもしろい。
『X-MEN』は10人揃って一つの人格を形成しているようには見えません。みんなバラバラで自分勝手で、自由です。おそらくアメリカという国家の多民族性の反映ですが、共同体的人格を重要視しないアングロサクソン的市民社会の必然の系かもしれません。
一方の『ガッチャマン』は5人が物語を通じて一つの人格を形成します。5人が揃わないと必殺技が使えませんし。
複数ヒロイン制度における眼鏡っ娘を考えても、共同体的人格を感じる作品と感じない作品があります。
例えば『レイアース』には共同体的人格を感じます。いっぽう例えば『ARIEL』は複数ヒロイン制度を採用したかなり早い時期の作品ですが、共同体的人格は見えません。この違いに、眼鏡っ娘について何か考えるヒントがあるはずと直感してます。それはそうと絢ちゃんはかわいいです。
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野尻抱介 2006年08月16日(水)02時16分45秒
>8月19日
誘惑が多くて迷ったのですが、「見せるイベントになっているか」なんて言った行きがかり上、
能代宇宙イベントに行くことにしました。
地図はいいかげんだし、いまだにタイムテーブルが載ってないし、そのうえ天気も悪そうだ、と秋山さんにメールしたら、身内用っぽい
タイムテーブルが急遽掲載されました。結構、朝早いですね。遠方からの参加者の都合をまったく考えていない様子です。まあフリーフライト模型飛行機の競技会も早朝スタートですから、別に驚きませんけど。
場所は
ここ(マピオン地図)でいいらしい。
今回も
川島レイさんが行くでしょうけど、彼女のレポートは愛があふれるかわり、「よかった探し」の臭いがぷんぷんするからなあ(^^;。学生の手作りイベントで一般参加者が傍若無人な扱いを受けないなんて私は信じませんから。今回は私が真実を見極めて、赤裸々に伝えてあげましょう。
>はいぼくさん
このたびは、
なんだかたいへんなイベントに呼んでいただいてありがとうございます。私のような(比較的)温度の低いものが混じっていて座を白けさせることにならないかと、それだけが気がかりです。
眼鏡っ娘・共同体人格論は、どうなんでしょうね。戦隊などが全員で形成しているものを人格とみなすことで何が見えてくるのか。それがそうだとすれば、逆にどんな個人の人格にも「眼鏡」要素が見いだせることが期待できるかもしれません。眼鏡っ娘・汎人間論と申しますか。
しかし実際には『眼鏡っ娘大百科』で倉田秀之が語っているように「良い眼鏡」「悪い眼鏡」があるわけで、これは何を意味するのか……うーむ(^^;
>宮崎駿
多くの青少年をロリコン・メカフェチの冥府魔道に引きずり込んだ人。しかして左翼インテリでエコロで兵器マニア、という認識が最近のジブリ礼賛の人たちに欠如しているのは問題かと思います。もちろんジブリ=宮崎駿じゃないんですけど。
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cosy ゴーシュ 2006年08月15日(火)22時30分34秒
浅利さん(あさりよしとおさん?),伊藤さん,ご指摘・ご教授ありがとうございました.
ずっと宮崎ものと勘違いしていましたm(__)m
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秋山演亮 日程とか能代の最近の状況 2006年08月15日(火)08時23分52秒
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はいぼく 8/26はよろしくお願いします! 2006年08月14日(月)19時07分35秒
今からすごく楽しみです。
眼鏡っ娘に関連してしばらく考えているのが、「共同体的人格」とぼくが勝手に呼んでいるものです。
ギャルゲーには複数人のヒロインが登場してそのうち一人が眼鏡という様式があります。
この様式が一般的になったのが1995年くらいに見えます。
典型的な作品が、『卒業』92年、『ときメモ』94年、『レイアース』94年、『サクラ大戦』96年等。
1995年以前に似たようなものとして『ウイングマン』のウイングガールズはありますが、ガルフォース・バブルガムクライシス等の複数人ヒロイン系作品では眼鏡に関して配慮があるようには見えません。
(『セーラームーン』の亜美ちゃんはパートタイム眼鏡として除外するとして)
これらの作品内では、キャラがかぶらないように「分業配置」されているように見えます。
このようなキャラの分業配置の配慮自体の起源を探っていくと、『ゲッターロボ』の3人配置タイプ、『ガッチャマン』の5人配置タイプ等に行き当たりますが、高度経済成長期には遡れないように見えます。
(手塚治虫『W3』と石森章太郎『サイボーグ009』くらいか?)
さらに遡って、たとえば『三銃士』『南総里見八犬伝』『西遊記』『若草物語』といった作品は、現代版リメイクではことごとく「分業配置」への配慮が行われているのですが、その原典に当たってみると「分業配置」の配慮をしているようには見えません。
こうした「分業配置」について、キャラがかぶらないようにしているというよりは、むしろそれぞれのキャラを一人格内の一要素として扱っている、ように見えます。
たとえばタツノコ3人ヒーロー系では、各キャラが「勇気/感情/理性」といった要素を分担し、それが作品を通じて統合されることによって一つの「人格」として表現されます。
複数のキャラが統合されて一つの人格になったものを「共同体的人格」と命名して呼んでいます。
ギャルゲー等複数ヒロイン制度における眼鏡っ娘も、これではないかと。
逆に言えば眼鏡っ娘に対する想像力が固定化している(ように見える)のも、「共同体的人格」という様式の制度疲労というか反省不足かもしれないという気がしています。
複数の人間が統合されて一人格になるのは、『地球幼年期の終わり』『ブラッドミュージック』等に見えますが、それぞれのキャラが要素を一人格内で分担するという様式は見たことがありません。(あまりSFを読んでないので不勉強なだけか)。
フィクションではなく社会科学系の作品ですと、プラトン『国家』とかルソー『社会契約論』で、個人がそれぞれの属性に特化して全体に統合されることで一人格が形成される、という表現が見られます。
直感的には、「資本主義における分業」と「民主国家における個人の平等」の両立という課題に面したとき、「共同体的人格」という発想が登場するような気がします。
(ということで、高度経済成長後に日本がこの課題に直面した故に『ゲッターロボ』や『ガッチャマン』が生まれたという結論が導ければ、美しい)
一人で考えてきて煮詰まってしまったところなので、居酒屋トークから突飛な発想が出てくるという経験則の下、想像もしなかった新しい発想と視角を得たいという目論見と下心を持ってイベントに臨むのでした。
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伊藤重雄 セロ弾きのゴーシュのアニメ 2006年08月14日(月)17時19分37秒
URL: http://www.geocities.jp/strange_laboratory/
セロ弾きのゴーシュは,オープロですが,監督は高畑勲,キャラは才田俊次さんですね。
以前,アニメ版をもとに学校演劇の脚本を書かせて頂いたことがあります。勝手に一幕に変更してしまったのだけれど,原作と併せて何度もアニメを見て,セリフに関しては全くと言っていいほど原作に忠実なのに驚きました。
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浅利義遠 宮崎アニメ 2006年08月14日(月)10時45分08秒
>「セロ弾きのゴーシュ」
全然関わってませんよ。
宮崎駿がらみで語れる作品は
テレビ
「ルパン三世(新シリーズ一部含む)」「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」「未来少年コナン」「名探偵ホームズ」
劇場作品
「ガリバーの宇宙旅行」「太陽の王子ホルスの大冒険」「長靴をはいた猫」「空飛ぶゆうれい船」「どうぶつ宝島」「パンダコパンダ」「パンダコパンダ雨ふりサーカス」
監督作品
「ルパン三世カリオストロの城」「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「魔女の宅急便」「となりのトトロ」「紅の豚」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」
監督作品の内、破綻無く完成していると言えるのは「となりのトトロ」一本だけですね。
ただ完成度だけが愛される要因ではありませんが。
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cosy Re: 宮崎アニメ 2006年08月14日(月)00時01分57秒
ゲド戦記,ちょっとグィンとイメージが違うように思えるのでパスしています.
#グインサーガのことではない(とちょっとボケ)
宮崎アニメの傑作は「セロ弾きのゴーシュ」だと思うんですが,これもマイナーすぎますかね?
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野尻抱介 2006年08月13日(日)22時43分03秒
土曜日、お盆期間に入ってファミレスの日替わりランチが出なくなったので、フィールドデイにやるはずだったデイキャンプ&移動運用をやってきました。
道具オタなもので、今回はヤフオクで安く出回っている
スウェーデン軍の飯盒を使用。これで炊飯するのは三度めですが、米粒が立ち、“カニの穴”もできて、実にうまく炊けます。風防(黒い部分)の効果でしょう。風の中でも熱気が飯盒を包み込むようになります。付属のアルコールバーナーも火力が強くて、さすが寒冷地産だと思いました。
さらに林譲治さんからいただいたお中元(いつもありがとうございます)のドリップオン・コーヒーを淹れて、言うことなしの昼食になりました。
炊飯の間に
ダイポールアンテナを木の枝にひっかけて設営。西に開けた斜面に低く張ったせいか、近畿エリアとは快調に交信できましたが、東のほうはだめでした。全体に空電ノイズが強くて、コンディションが悪かったです。
そうこうするうちに頭上で雷鳴が轟き始めたので、急いで撤収しました。
>ゲド戦記
|最近の宮崎アニメは面白くない...と言うと、日本では石を投げられそうな勢い
ネット評論界では批判が強まっていますが、一般には人気ですね。
私の場合、心から楽しんだのは『となりのトトロ』までです。その後は考えすぎて迷走したような話ばっかりで。
ゲド戦記は、人にすすめるには意味不明のところが多すぎるので、観るなら自己責任でお願いします(^^;。ハウルが楽しめたのなら、たいていのものは平気じゃないかと思いますけど。
>母娘
「おやこ」でしたか。おかげさまで積年の疑問が解決しました>三原さん。
しかし読みに字と同じだけの情報が乗ってないのは、言文一致の原則に反するような。って、そんな原則ないのか。新聞の見出し専用の表現みたいな気もします。
>時かけの藤谷果穂
検索してみて、
めがねがねのトップ絵に登場している、あれがそうだとわかりました。
属性としては「引っ込み思案」で「下級生」ですか。ちょっと予習してみたところでは、カップリング属性というのがひとつの切り口になるようですね。眼鏡+巨乳、眼鏡+委員長、眼鏡+白衣、眼鏡+ショート、眼鏡+おでこ、等々。だからなんだという気もしますが。
ちなみに『眼鏡っ娘大百科』(黒石翁と彼女のレンズにうつり隊、二見ブルーベリー)によると、眼鏡っ娘にはタイプA〜Eの分類があって、「優等生・委員長」「お姉様」「お姉さん」「ドジっ子」「病弱・内向的」となります。だからなんだという気もしますが、こうしたテンプレートにそってキャラ構築するとわかりやすい、というのはあるかもしれません。キャラを描写したことにはなりませんけど。
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三原広 母と娘との関係は「親子」 2006年08月13日(日)04時26分54秒
>母娘
> >岩手母娘殺害とかの
> 「母娘」って、なんて読むんでしょう? 作家でこれが読めないのって私くらい?
学研国語大辞典(第二版)に下記の記述があります。
おやこ【親子】
両親と子。また、父と子、母と子。
(参)「父子」「母子」「父娘」「母娘」などとも書く。
〔転じて〕親子の関係に似たもの。「親子電話」「親子どんぶり」の略。
どうやら辞書的には、両者の関係に着目して「おやこ」と読ませるようです。
「梅雨」と書いて「つゆ」と読ませるほど無理矢理ではないですが、ほとんど当て字の世界ですね。
>眼鏡っ娘
そういえば、現在絶賛公開中のアニメ版「時をかける少女」に藤谷果穂という可憐な眼鏡っ娘が出演しております。
いささか判別困難ですが、こんな感じ↓です。
http://www.kadokawa.co.jp/tokikake/index.php?cnts=character
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白原(7J3AOZ) 2006年08月12日(土)08時12分56秒
URL: http://jh3ykv.rgr.jp/mt/
野尻さん、今日は。
>さらにハムフェアにも能代ブースを出すのが正しい道でしょう(^^)。
そうですね。ただ、ハムフェアの出展費用はかなり高いので(汗)、JAMSAT(日本アマチュア衛星通信協会)さんにお願いして、ブースに相乗り(もしくはPRをお願いする)と言うのも良いのではないかと思います。
#もし、JAMSATの関係者の方をご存知なければ、私からご紹介させて頂きます。今年のハムフェアにはちょっと間に合わないですけど(汗)
>まあ三進二退というところですかねえ。
残念な事に、日本のアマチュア無線家の中にも「俺は民族差別、部落差別するぞっ」と高らかに宣言しておられる方がおられるのが現状ですからね(実例を、私個人のWeblogの記事に書きましたが)。
>私もQSLカードを狙うとしましょう(^^)。
交信できるチャンスを期待しております(私がモールス通信(電信)をほとんどしないので、なかなかチャンスが巡って来ないんですけどね(笑))。
>奥様が眼鏡っ娘なのに、そんなもったいない。
家内がこれを読んで、悶絶しておりました(笑)
#そのうち、家内からのコメントがあるかも知れません。
>ラハール様に退治してもらいたいタイプ
最近の宮崎アニメは面白くない...と言うと、日本では石を投げられそうな勢いですが、野尻さんもそう思っておられましたか(汗)
でも「ハウルの動く城」は話も破綻せずに、なかなか面白い作品だったと思っています(私がキムタクのファンなので、点が甘いのかも知れませんが(笑))。ゲド戦記はまだ未見なのですが、野尻さんのご意見を読んで見に行く気になりました。
#でも、そもそもル・グィンの作品と世界観があまり好みでは無いのですけどね(大汗)
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野尻抱介 2006年08月12日(土)00時31分09秒
>FCZのCWフィルタ
あれはああいうもんでしたか。オーディオアンプをかましてなんとか聞こえる音量まで増幅するとS/Nが落ちて、確かに通過帯域は狭いけど、ちょっとこれじゃなあ、という印象です。
QRPといえば、注文したのをすっかり忘れていた『QRP Quarterly』が届きました。ミズホの歴史なんて記事もあってなかなか内容濃いです。写真に写っている人がお年寄りばっかりなのは、洋の東西を問わずと言うところですか(^^;。
>ゲド戦記
観てきました。あちこち意味不明なシーンがありますが、なかなかよかったです。日本映画にありがちな、怒鳴る叫ぶ泣くになりそうなところを、すっと引いて静かに語るところは結構好み。
昔の宮崎アニメみたいにウェルメイドな活劇ではなく、最近の宮崎アニメみたいに破綻してもなく、荒削りなところの残った、なかなか活きのいい映画だと思いました。むしろATGの『青春の殺人者』が近いかな? 連想が単純すぎますかね。
してみると、私にとって嫌悪感満点のイメージ作りをした犯人は鈴木プロデューサーか。ラハール様(魔界戦記ディスガイア参照)に退治してもらいたいタイプだなあ。
>『異形コレクション 進化論』
見本が届きました。数編読んでみましたが、どれも面白かったです。ただしスタンダードな進化論(統合説)を尊重したものには出会っていません。『相対論』のフォーラムに行ってみたら「私はこうして光速を突破した」みたいな話ばっかりだった、みたいな?
>岩手母娘殺害とかの
「母娘」って、なんて読むんでしょう? 作家でこれが読めないのって私くらい?
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cosy Re: FCZのオーディオフィルタ 2006年08月09日(水)21時41分12秒
これは設計思想上,やむを得ないです.
#FCZさんの設計が悪いと言っているわけではないです.
そのキットのインダクタ4個全部と一部のキャパシタを使ったオーディオフィルタを,うちの愛好者3号用アクセサリのページで紹介しています.
こちらは若干帯域幅が広いですが(約500Hz/-6dB),損失は小さいです.
AGCをオフにする手法はあるんですが,表面実装デバイス中心の基板にダイオード1個とスイッチ配線(+スイッチ)を加えたくはないですね(^^;
=
白原さん,それではどこかでお会いしましょう.
ATJ/坂井さんや長谷川本部長もよく知った方々ですし.
#私自身,昔,関ハムで講演したこともあります.
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